ISLAND

第5回離島と離島の暮らしの比較研究「冬の隠岐とおっさんと」

どーもっす!

 

海士町ではついに初雪が降りました。

どうやら、もうすっかり冬です。

 

海士町で迎える冬は4度目ですが、楽しさは少なく、どことなく寂しさが漂います。

地上は、曇天と山を覆う針葉樹で色味は少なく、雪が積もるわけでもないので目を見張るような景色とはあまり出会うことがありません。寂しく感じたり景色が寂しく見えるのは日が短く、一日中低い位置にあるせいかもしれません。

天候のせいか、海もどことなく黒ずんで見えます。それでも足元の海をのぞき込むと、どの季節よりも良く澄んでいて海抜ゼロメートルでもすごく高いところにいるような気になります。

海は遠くに望むと黒く、近くで見ると限りなく色は無いです。

 

海士町の冬は寂しいけれども、何というか、どの季節よりも豊かさを感じさせてくれます。

色の少ない景色とは裏腹に、美味しくなる魚やイカもあるし、海が透明な分、サザエやアワビがたくさん捕れます。なまこも出てきます。

しゃん山には葉物に根菜など、いろんな野菜が並び、お米も形を変えてお酒になったり餅になったりしていきます。

 

この島は冬でも豊かだからなのか、しめ縄飾りや十日戎、蛇巻きなど、自然への敬愛と感謝を忘れません。やっぱり豊かです。

 

前回、僕からは「たばこ」の話をしました。

「たばこ」の時間は無駄な様に思えて、今思い返すと気持ちや実生活を豊かにしてくれる時間だったように思います。

こう考えると、やっぱり無駄ではありません。

 

海士町の課長四天王と呼ばれた世代のおっさん達も「無駄な時間を一緒に過ごすことが大事」だと経験をもって語ってくださいます。

でもやっぱりそれは、その無駄な時間は自分たちにとって大事な時間だったことを暗に言ってくださっているのだと受け取っています。

 

結局のところ、いっしーさんが教えてくれたように、今という時間には無駄なんて概念はなく、海士町の大人たちが教えてくれたように、時間に意味を持たせることができるのは、過去になってからなのかもしれませんね。

 

あざやかでなくとも、寂しくても、心に東南アジアのおっさん持って豊かに生きていけたらと、冬の隠岐でいっしーさんのお返事を読みながら思ってしまいました。

 

無理矢理まとめた感は否めないですが、僕なりにすっきりしたのでこの辺で。

ABOUT ME
芦原昇平
島暮らし5年です。