「なまりいろ」

日の当たらない海は鉛のようだった。
重たく、厳しく、堂々としている。
暗い色でも表面はなめらかなのが印象的だった。

わたしは、海士の夏の海を知らない。
光り輝く、にぎやかなあかるい海を、知らない。
CASで働く片桐さんが言うには、夏の海はよく澄んでいて、
そのまま飲みたくなってしまうほどなのだそうだ。
(片桐さんは新鮮なイカを並べながら、
夏もそうだけれど、冬も春も見てみたい。
雪も、桜も、きっとすてきだ。想像して憧れた。

でも、わたしは、海士の紅葉を知っている。
11月でもまだ緑か、と思っていたら、
みるみるうちに朝晩の冷え込みが厳しくなり、
その変化の中を、わたしは過ごした。
少しずつ厳そかな表情になっていく海の変化も、しっかりと見た。
移ろうものを、しっかりと見つめたいと思う。
島にいても東京にいても、家族といても恋人といても、
変わるって、戻れない気がしてすこし寂しいけれど、
そこを見つめないと出会えない景色が確実にある。
鉛色の海を見つめたからこそ、
エメラルドの海に憧れられる。
わたしはいま、そのまま飲みたくなるような海に思いを馳せ、
ツリーがきらめく街の景色を、電車の窓から見つめている。
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