ISLAND

第4回離島と離島の暮らしの比較研究「いつも心に東南アジアのおっさんを」

あっしーくんへ

 

やあ。

最近は久米島も風が強い曇りの日が増えてきました。冬の訪れを感じます。沖縄の冬といえば、気温は一番寒い2月でも平均15度前後と暖かめなのだけど、風が絶え間なく吹いているので、体感温度としては結構低いのです。低いのですけど、島の人が言う「内地よりも沖縄の方が寒い」というのは流石に盛りすぎだろうと思うのです。そんな島人には、朝晩は歯の根が合わないような毎日が続く隠岐の冬を体験させたい。

 

さて、あっしーくんからの手紙を読みました。ふと思ったのですが、時間というものに「無駄」「有益」といった意味付けをするようになったのは、いつからなのでしょうね。

 

例えば東南アジアなんかに海外旅行に行くと、昼から仲間とおしゃべりしたりダラダラしたりしている人がこれほど多いのか、と驚きます。彼らは時間というものをそんなに深刻に考えてはないのだろうと。そんな風景を見ると、「生まれた意味」とか「働く理由」とか「人生をかけるに値する志」みたいなものは、基本的に生きる上でのちょっとしたスパイスでしかなく、誰もが持つ必要はないのだろうな、なんて思うのです。

 

就職活動時代に会社の志望理由とか自分が本当は何をしたいのかとか社会の理想像とか夢とか、頭の中で考えてもしょうがないことを考える日々を過ごし迷子になっていた自分に、「人間社会で生きる上で建前としてはそういうのも必要かもしれないけど、たぶん君はとりあえず今日も明日も食えてればいい、くらいの人間なのだから、無理に社会を変えようとしなくていいし、人に褒められるきれいな夢も持ってなくていいんだよ」と言ってあげたいなあと。スティーブ・ジョブズとかキング牧師とか、そんな偉人を目指す必要はないのだと。

 

好きなことをしてもいいし、しなくてもいい。人のためになることをしてもいいし、しなくてもいい。社会のためになることをしてもしなくてもいい。世界一にもなんなくていい。天下無双とはただの言葉じゃ。

 

「意味」というものの存在が揺らいで、幻想だと気づいたときに、やってもやらなくてもいいことばかりなのだということを発見し、ようやく目の前がひらけたように思います。僕の場合。

 

特にまちづくり業界の中で生きていくと、どうしても「まちにとってどんな意味があるのか」という考えに浸され、いつの間にかすべてを「意味があるかないか」で判断し行動してしまいがちです。

 

そういう視点はもちろん重要なのだけど、「気分がのらないから」とか「ただなんとなくそう思ったから」とか「これは大事だと思うけど自分はやりたくない」とかで行動を選んでもいいのかなあと思います。

 

あと、仕事に一所懸命な人。「仕事に役立たせるため」に、学ぶことを選び、交友関係を選び、食事を選び、体を鍛え、座禅をし、SNSを運用する。もっと人生を楽しんでいい。更に言うと楽しまなくてもいい。ただ時間が流れていく。そんな日々でもいい。

 

一人で生き延びていくために学ぶべきことはたくさんあるし、島でみんなが生き延びていくためにやらなければいけないこともたくさんあるのだけど、それだけに心が支配されないように、自分の中に「東南アジアで昼からダラダラしてるおっさん」を持っておくことは大事だなあと。なんとなくそんなことを思ったのでした。

 

さて、年末です。この前アピアーインで話した勢いで、僕は台湾行きのチケットを抑えてしまったよ。台東の瑞穂温泉で湯治をして、台北で友達と小籠包でも食べて、時間があったら台湾の離島でも行ってみたいです。もちろん来られなくてもよいのだけど、H君も連れて、台湾で遊べたら間違いなく楽しいはずなので、ちょっと期待しています。

ABOUT ME
石坂達
沖縄・久米島在住。ブログやってます。