旅の途中で

シティボーイの離島体験記その12

こんにちは。たじまです。

海士町での離島ワーホリ生活も今日で最後です。

この9月8日に海士町に来てから、今日を迎えるまで毎日が充実しすぎていて、本当にあっという間に終わりの日が来てしまいました。

この離島ワーホリでは、仕事や寮生活を通じてたくさんの方々と話すことができ、また皆さんに優しくしていただき、本当に感謝のきもちでいっぱいです。

ここでの素晴らしい関係が今後もずっと続くことを願いながら、「シティボーイの離島体験記」最終回をお送りしたいと思います。

今回は、離島ワーホリの制度を中心で支えている観光協会の太田さんと恒光さんにインタビューしていきます。それではどうぞ!


田島
田島
今回は離島ワーホリの担当者である観光協会の太田さんと恒光さんにインタビューしていきたいと思います。インタビュアーとして早稲田大学1年の山口君にも手伝っていただきます。それではまず、自己紹介とお二人の海士町に来るまでの経歴をお聞きしたいです。
太田
太田
僕は島に来て6年目になります。島に来る前は島根県浜田市弥栄町という山奥の、いわゆる限界集落に住んでいて、写真を撮っていました。ごみ収集車に乗ったりや土建関係の仕事に関わりながら「限界集落の視覚化」をテーマに写真を撮っていました。それを始めて1年半くらいの時に、この作品をどうやって撮り続けていこうかが見えなくなってしまっていて、でもそんな悩んでいるちょうどその時に、Nikonの賞をいただいたことをきっかけに次の土地を探そうと思いました。まあ、純粋に、ただただ衰退していく様子を撮影するのが辛くなってた。それで、近くの先進地を調べていた時に海士町のことを知り、移住を決断しました。
田島
田島
太田さんはIターンで海士町にいらしたんですね。続いて恒光さんよろしくお願いします。
恒光
恒光
こんにちは。海士町観光協会の恒光です。島食の寺子屋を担当しています。早稲田大学国際教養学部卒業です。
田島
田島
名門(笑)!!!!
恒光
恒光
海士町に来るまでの経緯としては、まず大学を卒業して輸送の会社に就職をしました。大学の学部では、外国に1年間留学しなければならないという決まりがあったのですが、そこでの生活が楽しすぎて、海外と関われるような仕事につきたいと思ったので、キャリアをそこからスタートさせました。なので、自分では「海外」というテーマが一つあるんですけど、それとは別に「酪農」というテーマもあります。これは説明するのが難しいんですけど、小学生の時に見た牛舎での牛の様子が今でも忘れられなくて、酪農と共に生活することが一つの夢でもありました。輸送会社にいた時に会社内で海外研修制度があって、それを目指して仕事に励んでいたのですが、ある時ふと会社にしばられるのは視野が狭いなと思って退職してしまいました。その後は和牛の飼育家の方にお世話になったりとか、北海道のファームデザインさんにお世話になったりして「酪農」に触れて生活を送りました。その生活も自分の夢だったので良かったのですが、今度は「海外」の要素がなくなってしまったとかいろいろあって、自分がどのカテゴリーに入ったら楽しいのかが分からなくなってしまったので辞めました。その後に「日本仕事百科」という虎ノ門で毎日異なる仕事のプロがバーテンダーをしてくださるバーがあり、そこで島根県の人と会って話したことがここに来るきっかけになりました。そこで海士町の観光協会の事務局長とお話しして、ここで働いたら楽しいかなと思ったのをよく覚えています。
山口
山口
恒光さんもIターンで海士町にいらしたんですね。海士町に来て、お二人はこの簡易版Iターンみたいな離島ワーホリに関わっていると思うのですが、このプロジェクトを作った目的を教えてほしいです。
太田
太田
えーと。まずこれの一番最初のきっかけは、志の高い学生が1人、インターンシップをさせてほしいということで海士町に連絡をしてきたことがきっかけです。その時はまだインターンシップの制度すら作っていなかったんです。とりあえずやってみようということで、民宿の皿洗いとか布団敷きとかビーチ管理とかをしてもらいました。そうして1人目を受け入れた翌年から段々と海士町でインターンをしたいという学生が増えていって、なんかしらの制度を整える必要があると思ってこのプロジェクトの原型ができました。今は総務省の「ふるさとワーキングホリデー」としてこの制度があります。

実際に離島ワーホリをやっていて面白いなと思うことは、「半移住」で島暮らしの体験版みたいなこの制度を通して、濃い関わりをたくさん作ることができていることですね。こないだは離島ワーホリOBの結婚式にも呼ばれちゃいました。

田島
田島
僕は参加する前から不思議に思っていたんですけど、なんで「海士ワーホリ」じゃなくて「離島ワーホリ」という名前がついているのですか?
太田
太田
それはね。いずれは横展開をしていきたいと考えているから。今は隠岐諸島内だけの制度なのですが、今後は日本全国の離島に展開していきたいと思っています。
山口
山口
なるほど。恒光さん的には離島ワーホリに対してどんなことを考えているのですか?
恒光
恒光
僕は将来離島ワーホリを海外展開していきたいと思っています。まぁ、異文化の方が日本に来て交流都市のような街を作るといったイメージが一番近いですかね。
田島
田島
将来は海外展開も狙っているんですね。えーと、お二人は受け入れる側として離島ワーホリに携わっていると思うのですが、受け入れる側としてはこういった人たちに来てほしいという思いはありますか?
太田
太田
柴崎コウに来てほしいかな。っていうのは冗談で、毎年受け入れていると、本当に多種多様な人たちが来るんだけど、その中でも、これをきっかけに今後もずっと離島とのつながりを持ってくれるような人に来てほしいかな。まあでも、それはこっちが参加者に対してどう関わるかという部分も大きいんだけどね。
恒光
恒光
付け加えると、僕は転職を考えている人に来てほしいかなと思います。僕自身も転職してここに来たんですけど、離島ワーホリでは様々な業種で職業体験をすることができるので、自分に合う職業を見つけてほしいかなと思っています。
田島
田島
なるほど。今の参加者を見てみると、学生が多いのですが、別に学生に限らず社会人も来て良いということですよね。
恒光
恒光
そうだね。長期滞在も募集しています。こないだの7月は50歳くらいのおじさんも来てたよ。あと、外国人の方にもぜひ参加してほしいですね。
田島
田島
なるほど。さきほどの恒光さんのお話とも被るかもしれないんですけど、離島ワーホリを経験して、どういうことを得て帰ってほしいという期待はありますか?
太田
太田
まず整理したいのは、島に異常な期待感を持ってこさせないようにしたいかな。この滞在の良い悪いというのを滞在期間中に決めてほしくなくて、とにかくこの2週間の中で人とのつながりを持って帰ってほしいという希望はあるかな。崎でみんなで遊んだりとか、仕事場の先輩と話したりとか。滞在が終わってもつながりって消えるわけではないから、そのつながりを持って帰って、なんかあったらまた連絡を取ったりだとかしてほしい。たまに会ったら酒を飲みたいな。(笑)
恒光
恒光
Iターン者が多い菱浦地区とはまた違って、寮がある崎地区とかってIターン者とかがあんまりいなくて、地元で腕一本で仕事をしている人が多いんだよね。僕も崎地区に来て最初に喋ったときは共通の言語があんまりなくて、自分の今まで住んでいた世界とはまた違う異国感を感じました。なので、ある意味留学みたいな経験をしてほしいかな。
山口
山口
お二人で考え方が異なっていて面白いですね。
田島
田島
話がそれてしまうんですけど、お二人はお互いのことをどう思っているんですか?
恒光
恒光
良い距離感で仕事ができるやつかな。お互いに意地になる部分もあるんだけど、話し合いながらお互いの欠点を埋めあっていく感じ。
太田
太田
僕もやりやすい相手だと思ってる。アイデア出しは2人で協力してやってるよ。
田島
田島
すごいいい関係性ですね。離島ワーホリのプロジェクトが始まって約5年と聞いたのですが、実際に離島ワーホリを運営してみてどう感じていますか?
太田
太田
2週間一緒に生活していると、2週間の中ですごく成長していく人が多いんだよね。その人たちと一緒に変わっていきたいなという思いがあるんだけど、その人の課題を使って自分も一緒に成長していきたいなと思ってる。今は毎年50人くらい引き入れているんだけど、その子たちと一緒に自分も変わっていけてるような気がするよ。普段の生活では変わらないんだけど、2週間離島で生活することで大きく変わるやつがいて、その変わったものって一生思い出として残ると思う。そこに携われるのは楽しいね。
恒光
恒光
2週間で変わっていく人はたくさんいるよね。
太田
太田
海士町での2週間の生活を終えて、ここを離れる時に感極まって泣いて帰る人がたくさんいるんだけど、例えばディズニーランドに行って帰るときに泣く人ってあんまりいないじゃん。別れの時に泣くってことは、それだけ人との濃い関わりがあったんだろうなと思っているよ。
田島
田島
こうやって、近くの社会人の方々と喋れるのもそうですし、ワーホリ生同士で夜遅くまで話したのも、生活のすべてが充実していました。最後に離島ワーホリに興味を持ってくれている方に向けてメッセージをお願いします。
太田
太田
まずは離島キッチンに!(笑)
恒光
恒光
いろんなところでイベントをやると思うからそこで会いましょう!

編集後記

 全12回のブログを最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。離島ワーホリをよりよく知ってもらい、実際に参加してもらうための一環として、このブログを書かせていただきました。会った人に「ブログ読んでるよ!」と言ってもらえた時はとてもうれしかったですし、さらに欲を言えば、「このブログを読んで、離島ワーホリに参加しました!」と言って参加してくれる人が出てきてくれれば僕はとても嬉しいです。僕自身インタビュー経験や編集経験が少なく、初めは不安でいっぱいでしたが、8日の出勤で12本の記事を書いてサイトに掲載できたことは自分にとってもすごくいい経験になりました。

 このブログは決して私だけの力で作成することができたわけではなく、いつも温かく見守ってくれた観光協会の太田さん、インタビューに協力してくださった離島ワーホリ生の方々・恒光さん、そして最後までブログを読んでくださった読者の方々がいたからこそ続けてくることができました。本当にありがとうございました。

 このブログが少しでも離島ワーホリの発展のために貢献できれば幸いです。

田島